
日本臨床腫瘍薬学会学術大会2023の市民公開講座「がんと共に生きる時代へ ~医療従事者との絆~」が、2023年3月5日、同学術集会会場となる名古屋国際会議場とWEB配信のハイブリッドで開催された。
日本臨床腫瘍薬学会は2012年に設立された、病院、薬局、大学、製薬企業の薬剤師やがん関連領域に関わるすべての人が連携して協力し合い、がん薬物療法研究の進歩や開発・普及により、がん医療の発展や公衆衛生の向上寄与を目的とした学会である。
日本では、2人に1人ががんを経験する時代となったが、がん治療の進化に伴い、より長く付き合う疾病になりつつある。そこで、がん治療を受ける患者さんやご家族に様々な場面で寄り添い、支える薬剤師の認知向上を目指し、NPO法人愛媛がんサポートおれんじの会 松本陽子氏を座長に迎え、サントリーホールディングス 谷真海選手、聖マリアンナ医科大学病院薬剤部 湊川紘子先生、日本スポーツ協会アンチ・ドーピング部会委員 大石順子先生による講演とパネルディスカッションが行われ、闊達な意見交換が行われた。
患者・アスリートの立場より
谷真海選手は、がん経験者でもあり、世界を舞台に戦うアスリートでもある。
大学在学中に骨肉腫を発症し、右足膝下を切断。義足の生活が始まった。闘病中の抗がん剤治療はつらく、手術の不安は大きかったが、看護師や医師とのコミュニケーションや周りの患者さんとの情報交換は大きな心の支えになったという。そして、信頼できる義足技師との出会いによって走ることもできるようになった。そして、一つのことができるようになるといろんなことに挑戦できると思えるようになり、2003年からスポーツを再開。その後、アテネ、北京、ロンドンと走り幅跳びでパラリンピックに出場した。2013年の国際オリンピック委員会総会ではプレゼンターとして参加し、2020年束京五輪招致にも貢献した。その後、パラトライアスロンヘと転向。東京2020パラリンピックへの出場を果たした。勤務する会社では、アスリートとして大会を目指すだけではなく、次世代育成プログラムの運営に取り組むほか、パラスポーツの魅力を広め、真の共生社会の実現を目指すべく、メディア出演や講演活動も行っている。
人生の困難を経験したパラアスリートは、悲壮感ではなく逆境に立ち向かう姿で人々に生きるヒントを与えくれる。そして同時に、日々の努力や周囲の人々への感謝といった、人生において大切なメッセージをも伝えてくれる。そんな彼らの姿は、スポーツの力やコミュニケーションの大切さをあらためて示し、病気と戦う患者さんや困難な状況にいるすべての人が諦めずに前へ進んでいける社会実現の支えになると感じた。
薬剤師の立場より
聖マリアンナ医科大学病院薬剤部の湊川紘子先生からは、がん治療およびがん治療を受ける患者さんと薬剤師の関わりについて紹介がなされた。
薬剤師は、がん治療において医師や看護師などの医療従事者と協力して、抗がん剤の選択や投与量の設計、副作用の予防・軽減に必要な薬剤の選択など、患者さんに最適な薬物療法の提供を行っている。患者さんとの関わりとして、患者さんに正しい薬剤の知識を伝えるための説明や、治療中の副作用や不安などに対するサポートを行っており、サポートの際は、個々の患者さんの生活に沿った説明を心がけているという。また薬剤師は、「先生には言わなかったんだけど、実はね……」「薬剤師さんにこんなこと言っていいのかわからないけど……」といった患者さんとの会話の中から治療の改善につながるヒントを得る機会も多い。日本臨床腫瘍薬学会では、そうしたがん患者さんの目線から薬剤師の業務を見直すきっかけとして、「薬剤師とがん患者の絆集~薬剤師に対するがん患者の想いをここに~」を発刊している。湊川先生は、「薬の専門家である薬剤師は抗がん剤の治療においても責任をもって取り組んでいる。ぜひ身近にいる薬剤師を活用してほしい」と講演を締めくくった。
スポーツファーマシストの立場より
日本スポーツ協会アンチ・ドーピング部会委員 大石順子先生により、スポーツファーマシストについての講演が行われた。
スポーツファーマシストは、医薬品とドーピングの知識をもとに、アスリートによる意図的な薬物摂取や、禁止物質が含まれているような市販の風邪薬からの「うっかりドーピング」を防止するアンチ・ドーピング活動を行っている。そのほかにも、花粉症を持つアスリートがベストなコンディションで競技に臨むための花粉症対策や、スポーツ貧血の治療・予防などのサポート活動なども行っている。こうした活動で培った薬剤とアスリートへのサポートに関する知識から、糖尿病や高血圧、心臓病などを患う患者さんへの薬や運動時のアドバイスも可能だという。日本アンチ・ドーピング機構のウェブサイトから、各地のスポーツファーマシストを検索が可能であり、こうしたサービスを使っての相談も可能であると述べた。